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「パチンコ依存で家族を壊した父親が、それでも今を生き直す理由」

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

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未分類

俺は、ひどい父親だった。
胸を張って「もう過去のことだ」と言えるほど、きれいに片付けられる話じゃない。

でも、今だからこそ――
この過去を書いておこうと思った。
自分の整理のためでもあり、同じように迷っている誰かのためにも

■ パチンコ依存だった日々と、壊れた家族

俺はパチンコにのめり込んで、家族を壊した。
気づけば、時間もお金も家庭も失っていた。

何かに逃げたかったんだろう。
現実がしんどい、でも誰にも言えない。
そんな毎日を、ただ台の前に座ってやり過ごしていた。

家族のことを考える余裕なんて、なかった――
いや、考えようとしなかった。
それが一番、苦しいところだ。

そして離婚。
当然の結果だった。
家庭を持っていながら、家庭を守らなかった父親。
子どもからすれば、ただの“いない方がマシな存在”だっただろう。

■ 平成の終わり、体も心も壊れた

依存に溺れていた頃、体も限界を迎えた。
逆流性食道炎で働けなくなり、生活保護を受けることになった。

何もかもが終わったような気がして、
「自分はもうダメだ」と思った。

それでも――
時間だけは過ぎていく。
何もできないまま、ただ寝て、起きて、日が暮れる毎日だった。

■ 少しずつ動き出したその先に

病状が落ち着いてきた頃、もう一度だけ…と、再就職を決めた。
札幌に行くことになった。

その時、室蘭にいる息子を呼び出した。
言葉少なに、送ってくれと頼んだ。

「ありがとう」も、「またな」も、ろくに言えなかった。
何一つ、父親らしいことができなかったまま、別れた。

あれから、何年も経った。
今さら「会いたい」なんて、都合がよすぎるかもしれない。
でも…
今でも思い出す。あの背中を。あの沈黙を。

■ 今、俺ができること

もう子どもに胸を張れる父親ではない。
だから今、できることはただひとつ――
生きて、書くこと。

同じように依存症や失敗で苦しんでいる誰かに向けて、
「ここからでも、やり直せる」と伝えること。

何かが変わる保証はない。
でも、変えようとする姿勢だけは、見せ続けたいと思う。

■ 最後に

この文章を、いつか子どもが読むかもしれない。
読まないかもしれない。
でもどこかで「こんな父親もいた」と知ってもらえたら、それでいい。

俺は、俺の責任を背負って生きる。
そして、できる限りのことをして、前に進む。
それが今の俺にできる、**“父親としての精一杯”**なんだ。

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