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「PWRで良かったと実感した日。原発の現場で知った“見えない恐怖”」

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

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未分類

原子力発電所に関する報道を目にするたび、私はふと過去を思い出す。
かつて北海道の**泊発電所(PWR:加圧水型原子炉)**で働いたことがある。
そして、出張で訪れた四国・愛媛の発電所では、**BWR(沸騰水型原子炉)**の現場を初めて見た。

構造の違いはあるとは聞いていたが、現場に立ったとき、その“違い”は想像以上だった。

愛媛の発電所では、定期点検の応援作業として数日間滞在した。
現場はBWR。普段馴染んでいた泊のPWRとは明らかに違っていた。

最も印象的だったのが、汚染水がタービン建屋まで到達しているということ。
「えっ、こんなところまで?」とゾッとしたのを今でも覚えている。
これは構造上の違いで、BWRでは一次冷却水が直接タービンを回す仕組みになっている。
そのため、放射性物質を含む可能性のある水がタービン設備にも入る。

一方のPWRは、一次系と二次系が分かれていて、汚染水が直接タービン側に来ることはない。
泊で仕事をしていた私にとって、BWRの現場は、“見えない放射線”がより身近にある感覚で、自然と緊張感も増した。

「PWRで良かった」――そう思わずにはいられなかった。

事故が起きた福島第一原発もBWRだった。
ニュースで「タービン建屋で高線量検出」と報じられた時、
あの時の記憶が重なって、胸が締めつけられる思いだった。

現場にいた当時は、仕事をこなすことに精一杯だった。
でも今振り返ると、あの経験がどれほど貴重だったか痛感する。
原子力や災害のニュースを見ると、専門用語の一つひとつが他人事ではない。

たとえば「ベント」「冷却水喪失」「格納容器破損」…
すべてが現場のリアルで、少しのトラブルが命に関わる緊急事態になりうる。
そうした“本当の意味での防災”に触れたことが、
今の自分にとっても大きな財産になっている。

そしてこの経験を、未来を担う世代に何らかの形で伝えたいという思いも、歳を重ねるほど強くなってきた。
それがブログを書く理由のひとつだ。

この体験は、自分の中で「防災」や「エネルギー」の考え方を大きく変えるきっかけになった。
見えない恐怖にどう向き合うか――それは、現場に立たなければ分からないことも多い。

今、私のブログではこうした体験や気づきを、少しずつ記録していこうと思っている。
「昔の話」かもしれないが、今に生きる話として伝える意味はあると信じている。

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