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昭和の頃の思い出、これからの決意

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

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昭和40年頃、まだ白黒で真空管のテレビだった。

その頃はそれが普通だった。我が家なりのルールもあった。父がプロレス大好きだったので、プロレスが中継は必ず見せる事。祖父が相撲好きなので、大相撲が始まるときは、必ず見せる事がルールだった。プロレスも相撲も当時の自分には良さがわからず、いつも妹とブーブー言って居た。

あるとき父がめずらしく漫画を見ている時に遣って来て、漫画を見始めた。「小言をいわれんじないか?」と思いみていたら、「コレ、おもしろいな」の一言。普段漫画など見ない父からの意外な反応に驚いたのを、覚えている。「侍ジィアンツ」という漫画だった。漫画の中で口ずさむ歌が好きだったらしく、内容も面白い物だったので、毎回、一緒に見るようになった。意外だったけど、心に残る思い出になりました。当時は屋内は今の様に30A等でなく、低いアンペア―だったので、春ビニールハウスに電気を使うと、テレビの電気がたりなくなり、見れない事もありました。今では信じられない話ですが・・・。そこで父はプロレスの為に変圧トランスを取り付け、問題なく見れるようにしてくれた事を、思い出します。懐かしい思い出でです。そんな事もあたよなー。

もう50年も経つのが、信じられません。

18歳までは車の免許のために早く18になる様願った位でした。今では、歳増えない様に祈ってます。

なんて都合の良い祈りでしょう?分かれた家族も普段は会えないでいるけど、こんな勝手なじーじに孫も呆れるかも、しれない。体がなんとか動ける内に、子供たちの小さい時の話を孫と一緒に話せたら、幸せだなー。それまでは頑張りたい!

https://images.app.goo.gl/TyoDgC1dRRKj4Mfo6

昨日突然無くなった隣の家も

小さい頃から遊びに行ってた、親類の家です。歳の近いハトコがいました。3年前に亡くなって、寂しい思いをしていたのに、家まで亡くなったのには、ショックです。過疎に追い打ちをかける見たいな感じです。もう一人同級生が近くに居ましたが、家を引っ越し今では仕事も変わりました。その同級の幼馴染にスキーで足を怪我してソリで助けてもらった事があります。小学生だったので大変な作業だったはずです。未だに恩を返す事ができません。大変な恩です。

懐かしんでばかりいられません。もう60過ぎ、そんなに時間もありません。

ここで、育った意義、生まれて来た意義を考える機会が来たのかもしれません。大分遅いですが。

ゆっくりと、考えなければ、早とちりするから。

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