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父との会話に残る「夢のトンネル」の記憶

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
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田舎の暮らし

津軽海峡にトンネル?

今では当たり前のように利用されている 青函トンネル や 関門トンネル。けれども私にとっては、父との会話の中で初めて耳にした「夢のような構想」でした。父から聞いた話は、当時の自分には「夢」のような話でした。もし、出来たら凄い事です。

出来るのか?何キロあるんだ。

あれはまだ私が子どもの頃。小樽へ車の修理に行ったときのことです。
当時、我が家の車はトラック一台きり。修理のために父に連れられて小樽に向かった道中で、父がぽつりと話してくれました。

「いつか、海の下にトンネルができるらしいぞ。青森から北海道へ、車や電車が通れるんだってさ」

その言葉に、私は目を丸くしました。海の下に道を通すなんて、本当にできるのか? 子ども心に、まるで空想の世界のように思えたのです。

大人たちが言っているんだから、嘘ではなさそう、海の下にでできるのか?

突然の衝撃に、ただ口を開けて聞いていた覚えがあります。あの時、どうして話してくれたのだろう?未来の話だよな?

九州にも。

父は続けて、九州と本州を結ぶ関門トンネルの構想についても話してくれました。どこか楽しそうに語る父の横顔を、今でも覚えています。

実現しちゃったよ!

それから数十年――。
あのとき夢のように聞いた話は、今や現実のものとなっています。青函トンネルも関門トンネルも、多くの人が利用する大動脈となり、日常の中に溶け込んでいます。

子どもの頃には想像もできなかった未来が、いま私たちの生活にしっかりと根付いている。
その事実に、時の流れの大きさを改めて感じずにはいられません。

車が通行できるものだと、思っていましたが、実際は電車(新幹線)でした。もう出来たよ。凄いな!もうすぐ新幹線もくるよ。

父と交わした何気ない会話が、こんなにも鮮やかに心に残り続けている――。
そして現実となったその光景に触れるたび、父との時間がふっとよみがえるのです。

父と小樽に出かけた日の記憶は

「今となっては懐かしい宝物です。当時はまだ子どもで、青函トンネルや関門トンネルといった大きな計画は、ただの夢物語のように聞こえました。それが今では現実となり、人や物の流れを支える大切な存在になっています。子ども心に父と交わした会話が、こうして未来につながっていることを思うと、不思議な縁を感じます。」

「昔は小樽まで行くにも時間がかかり、車の荷台に幌をかけて出かけたこともありました。父と一緒に聞いたトンネルの話は、遠い未来の出来事に思えましたが、今では当たり前のように使われています。時代の流れと共に夢が形になり、自分もその変化を見届けてきたことを、感慨深く感じます。」

もすぐ、”倶知安”にも駅が出来て、自由に本州とも、」行き来出来るようになる。夢が現実になる。あれから何十年経った」のだろう?本当にできたよ!

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