

今年の大晦日、ここ北海道の田舎は驚くほど静かです。
チャイムが鳴ることもなく、車の音もほとんど聞こえません。外は暗く、近所に明かりもありません。聞こえるのは、家の中で鳴るストーブの音くらいです。
都会の大晦日といえば、賑やかな街や人混み、カウントダウンの雰囲気を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、田舎の大晦日はまるで別世界です。特別なイベントがあるわけでもなく、誰かが訪ねてくるわけでもありません。ただ、いつもと同じ夜が、静かに年越しを迎えます。
この静けさの中で、私は思いを巡らせます。過去の思い出や、家族と過ごした温かい瞬間が、まるで映画のように脳裏に浮かびます。大晦日は、一年を締めくくる特別な日でもあり、新しい年を迎える準備をする日でもあります。この日は、ただ静かに過ごすだけではなく、心の整理をする大切な時間なのです。
田舎の大晦日あるある
田舎で迎える大晦日は、毎年ほとんど変わりません。
誰も来ない状況は変わらず、外は真っ暗で人の気配がありません。年越し感はテレビ頼みで、雪が降るかどうかが一番の関心事です。
除夜の鐘が聞こえるわけでもなく、花火が上がるわけでもありません。
それでも、テレビの中だけは賑やかで、「ああ、今日は大晦日なんだな」と実感します。
このような静かな環境の中でも、過去の思い出が心を温めてくれます。特に、家族と共に過ごした年越しの食事や、笑い声、そして新年を迎える瞬間は、心に残る大切な瞬間です。そう考えると、大晦日はただの一日ではなく、家族の絆を再確認する日でもあるのです。
一人で迎える年の終わりに思うこと
毎年、祖父は仏壇の片付けをし、祖母はおせちの支度をしていました。大掃除を手伝ったり、神棚の飾りつけを手伝ったり、教えてもらったことを思い出します。仏壇は男性が整え、神棚は女性が手を出さないという迷信もありました。
若い頃は、賑やかな年越しに憧れていました。人が集まる場所に行くのが当たり前で、一人で年を越すなんて考えたこともありませんでした。今はこうして、誰も来ない家で一人、静かな大晦日を過ごしています。
寂しくないと言えば嘘になりますが、不思議と落ち着く気持ちもあります。何も起きない。
それが、今の自分にはちょうどいいのかもしれません。大晦日は、自分自身と向き合う良い機会なのです。
田舎暮らしの現実とありがたさ
田舎暮らしは不便です。車がなければ何もできず、冬は雪や寒さとの付き合いになります。人との距離も遠く、孤独を感じることも少なくありません。
それでも、こうして年を越せる家があり、帰る場所があることは、決して当たり前ではないと感じます。
何も起きない年の終わり。それもまた、田舎暮らしの一つの年越しの形なのだと思います。先祖に感謝し、静かに過ごせる大晦日を迎えられることに感謝します。


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