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「共和町のスイカが愛される理由:石礫の大地を開いた先人たちの物語」

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

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田舎の暮らし

石だらけの畑から始まった共和町の挑戦

ここ共和町の畑は、見た目以上に石が多い。
いも掘り機を使えば、芋より石の方が多い──そんな笑い話のような土地だ。
もちろん笑い話では済まない。機械は傷むし、収穫にも手間がかかる。農家にとっては、正直なところ厳しい環境でもある。

親父が繋ぎ、お袋が守った畑の歴史

それでも、この土地でスイカを作ろうと決めたのが、親父たちの世代だった。
私が生まれた頃には、もう共和町のスイカは立派な特産品になっていて、夏になると町中がスイカの香りで満たされていた気がする。

しかし、その裏には想像以上の苦労があった。
親父が亡くなり、母が畑を継いだあとも、石礫を取り除く作業にどれだけの時間と費用をかけたか数え切れない。
私が畑を継いだ時も、正直「よくここまでやってきたな…」と思うほど大変な環境だった。

少しづつ良くなってきた土地と、今の町の姿

それでも、不思議なものだ。
先人の努力が積み重なっている畑は、年々少しずつだが確実に良くなっていく。
石の多さも、寒さも、土の硬さも、簡単には変わらない。
それでも、家族が守ってきた畑には、人の手でしか作れない温もりがあった。

これからの共和町に願うこと

私は、この町をもっと多くの人に知ってほしいと思っている。
富良野のように大きく有名になる必要はない。
ただ、「ここには先人たちの汗と誇りがあるんだ」と気付いてくれる人が増えたらうれしい。

これからの共和町には、誰もが気軽に住めて、
少しでも活気が生まれるような未来があればいい。
石礫だらけの畑を耕してきた先人の努力が、これからにつながっていく──
そんな町であってほしいと、心から思う。

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