PR

「小樽と家族の思い出

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

kodkuをフォローする

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

kodkuをフォローする

3PR エリア1 タイトル

3PR エリア2 タイトル

3PR エリア3 タイトル

北海道の小さな町で暮らしています。
冬の暮らしや仕事のこと、日々感じた不安や出来事を、正直に書いています。
同じように地方で暮らしている方や、これからの働き方に悩んでいる方の参考になれば嬉しいです

kodkuをフォローする

3PR エリア1 タイトル

3PR エリア2 タイトル

3PR エリア3 タイトル

田舎の暮らし

岩内祭りの日に

まだ小学生だった頃のことです。親父が元気で、仲の良い家族と一緒に小樽へ出かけました。移動手段はトラック。荷台に幌をかけて、風を感じながら揺られて行った時間は、今でも鮮明に覚えています。車の座席に座るのとは違い、揺れる荷台にみんなで座って話しながらの移動は、子供ながらに冒険のようで楽しかったものです。

まるで自衛隊のよう

小樽に着くと、まず目に入ったのは運河沿いの倉庫群。まだ観光地として今ほど整備されていない時代でしたが、どこか異国情緒が漂っていて、子供ながらに「特別な町だな」と感じたことを覚えています。親父は寡黙な人でしたが、小樽の町を歩く時は少し嬉しそうにしていて、その横顔も印象に残っています。そのころは、いまほど、警察もうるさくなく、父も、一緒の家族も、ビールと、若鳥の半身揚げなどを頼みました。懐かしく、楽しかった思い出です。まだ、乗用車が普及する前の事です。ワクワクしながら、荷台にマットレスを積み込んだ覚えがあります。田舎育ちの自分には、大事件の楽しかった事件でした。そんな街で、入院することになるとは、思いもよらなかったですが、何かの縁なのでしょうか。

当時の小樽は、

港町らしい活気がありました。大人たちは楽しそうに話をし、子供たちはただ目の前の料理を夢中で食べる。そんな時間が今では宝物のような思い出です。

大人になった今、小樽を訪れると観光地としての整備が進み、昔とは違う華やかさがあります。けれど、自分の中ではあの頃の素朴な町並みと、親父や家族と過ごした時間が強く残っています。小樽という町は、ただの観光地ではなく、自分にとって家族の記憶とつながる大切な場所なのです。石原裕次郎記念館も、未だない時代の話です。

今では、有名ですが

当時は、こんなに有名な街になるとは、思っていませんでした。「岩内」とさほど変わらない所くらいに、思ってました。札幌オリンピックなどもあったんだあ。

親父が亡くなってから年月が経ちましたが、小樽の思い出を振り返ると「もっと一緒に過ごせばよかった」という後悔もあります。それでも、小樽の町に行くと、あの時の記憶がよみがえり、少しだけ親父に会えたような気持ちになります。

これからも、小樽は私にとって特別な町です。そして、この思い出を文章に残すことで、いつか子供や孫たちにも伝えられればと思います。どこか懐かしく、そして温かい小樽の記憶は、これからも私の心を支えてくれるはずです。

Follow me!

    コメント

    PAGE TOP
    タイトルとURLをコピーしました