
子どもがまだ小さかった頃、
その言葉は我が家だけの小さな言葉遊びでしたが、
あの頃の私は、父親として情けない存在でした。
パチンコ依存症になり、家計を崩し、
平成の終わりごろには、逆流性食道炎で働けなくなり、
弱さと逃げから目を背け、
ある日、札幌への再就職が決まった時、
その時も、ろくにお礼も言わず、感謝すら表せないまま、
ずっと心に引っかかっている出来事です。
最近、久しぶりにトマトを食べたんです。
知人からもらった野菜の中に立派なトマトがあって、
「ガブリントマト!」というあの子の声が、
何年も忘れかけていた記憶が、
涙が出ました。
あの頃の自分の愚かさ、
離れて暮らす家族に、今会いたいと言うのは、
けれど、心から詫びたいという気持ちに嘘はありません。
いま、自分にできることは「書くこと」だけ。
このブログを通じて、自分の過去と向き合い、
そして、離れてしまった子どもに、
ガブリントマトを嬉しそうにかじっていた、
私は今、新しい人生を歩き出しています。
情けない父親だったかもしれないけれど、これからは、
ほかのトマトとは一味違う「ガブリんトマト」「このトマトはガブリんトマト?」とスーパーでも聞いてきたり、美味しいトマト=ガブリんトマトの事でした。
【まとめ】
過去は変えられないけれど、未来は選べる。
「もう遅い」とあきらめかけた人生でも、やり直すことはできる。
このブログが、その小さな証明になれたら嬉しいです。
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