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「ガブリントマト」と呼んでたあの頃──離れた家族への懺悔と再出発

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子どもがまだ小さかった頃、夏になると真っ赤なトマトを丸ごと手に取り、「ガブリントマト!」と笑いながらかじっていた姿が、今でも目に焼き付いています。
その言葉は我が家だけの小さな言葉遊びでしたが、今となってはかけがえのない思い出です。

あの頃の私は、父親として情けない存在でした。
パチンコ依存症になり、家計を崩し、夫としても父としても信頼を失いました。
平成の終わりごろには、逆流性食道炎で働けなくなり、生活保護を受けていた時期もあります。
弱さと逃げから目を背け、気づけば家族はバラバラになっていました。

ある日、札幌への再就職が決まった時、室蘭に住んでいた息子に一言だけ呼びかけ、手伝ってもらったことがありました。
その時も、ろくにお礼も言わず、感謝すら表せないまま、別れてしまいました。
ずっと心に引っかかっている出来事です。

最近、久しぶりにトマトを食べたんです。
知人からもらった野菜の中に立派なトマトがあって、それをホットサンドに挟んでかぶりついた瞬間――
「ガブリントマト!」というあの子の声が、鮮明に蘇ってきました。
何年も忘れかけていた記憶が、一口の味とともに戻ってきたんです。

涙が出ました。
あの頃の自分の愚かさ、そして今さらながらに込み上げてくる後悔と反省。
離れて暮らす家族に、今会いたいと言うのは、あまりに都合が良すぎるかもしれません。
けれど、心から詫びたいという気持ちに嘘はありません。

いま、自分にできることは「書くこと」だけ。
このブログを通じて、自分の過去と向き合い、同じように悩み苦しむ人たちに向けて、少しでも力になれることを願っています。
そして、離れてしまった子どもに、間接的にでもこの思いが届いてくれたら――

ガブリントマトを嬉しそうにかじっていた、あの夏の日の記憶を胸に、
私は今、新しい人生を歩き出しています。
情けない父親だったかもしれないけれど、これからは、過去と向き合い、少しでもましな人間になっていきたい。
ほかのトマトとは一味違う「ガブリんトマト」「このトマトはガブリんトマト?」とスーパーでも聞いてきたり、美味しいトマト=ガブリんトマトの事でした。

【まとめ】

過去は変えられないけれど、未来は選べる。
「もう遅い」とあきらめかけた人生でも、やり直すことはできる。
このブログが、その小さな証明になれたら嬉しいです。

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